アヒルの街歩き録

街歩きするアヒルが興味を持った森羅万象について感想を述べるだけ。当ブログはパソコン版ページからご覧になることをオススメします。

古き粧い残す住宅都市・狛江市 街歩き 東京都#1

≪狛江市の概要≫

多摩川の左岸にある、日本で2番目に面積の小さな街。市の全域が住宅街主体の住宅都市。都心からの距離に比べ、自然に恵まれた街。

≪略史≫

1889年 町村制施行に伴い、神奈川県北多摩郡狛江村となる。
1893年 東京府へ移管、東京府狛江村となる。
1927年 小田急小田原線開通。狛江駅など2駅開業。
1952年 町制施行。
1970年 市制施行。『狛江市』として東京都下17番目(現存する街の中で)の市となる。
1974年 市内の多摩川が決壊(74年多摩川水害・死者0人)。
1997年 市内の小田急線高架化工事が完了。
2018年 狛江駅が54年ぶりに準急停車駅となる(1964年以前は狛江駅を挟む前後の区間が各駅停車だったため、前後区間を急行運転する列車の停車駅となるのは初)。

≪キャッチフレーズ≫

私たちがつくる水と緑のまち 水と緑の住宅都市

≪アクセス≫

新宿駅から小田急線急行で4駅の成城学園前駅で準急に乗り換え1駅、18分で狛江駅に着く。

≪訪れた名所≫

・狛江弁財天池緑地
・狛江市立古民家園
多摩川水害の碑
・多摩水道橋

≪街歩きレポート≫

訪問日:2019.4

 春休みも終わる4月初週、休みの終わりにもう1ヶ所ほど街歩きしたいと思い立つ。都心から近いエリアで行ったことがない街を考え、狛江を思いついた。久しぶりに川を見たいと思っていたので、行くことを即決した。
 小田急線に乗り込む。急行電車は前年に完成した新しい線路を進んでゆき、すぐに成城学園前に到着。ここで向かい側の準急に乗り換える。喜多見駅ホームに面した線路を通過していくことに些か違和感を感じていると、すぐに狛江に到着した。成城学園前から終点・向ヶ丘遊園までの停車駅が急行と1駅しか変わらないためか、大半の乗客は狛江で降りた。
 さて、改札を出よう。改札の前にはお馴染みの高架下店舗が並ぶ。小田急系列のベーカリー・HOKUO箱根そばもある。狛江駅を初めこの前後の駅のデザインは、白ではなくクリーム色と茶色を基調にして、駅入口のアクセントにアーチ形を取り入れている。ちょっとした違いだが、高級感を感じさせる。

f:id:TownwalkDuck:20190608131910j:plain
狛江駅南口。駅の目の前から商店街が軒を連ねる光景はこの地域ではおなじみだ。
 南口に出ると、道を挟んですぐに店舗が密集したエリアが現れる。比較的古くからあると思われる商店街で、一通りの飲食店が揃っているようだ。この商業エリアを抜けると、狭い通りを挟んでマンションが並ぶ住宅地に入る。住宅地を彷徨っていても怪しいだけなので、駅の方へ戻る。
f:id:TownwalkDuck:20190608132130j:plain
駅北口には小田急系スーパー・Odakyu OXなどが入る複合ビルがある。上の階には市民ホール・エコルマホールも入る。
北口は南口側とは対照的にロータリーが広がり、かなり広々としている。実は、駅高架化(1997年)以前は北口側も南口側のように店舗や住宅が密集していたらしいのだが、駅リニューアルに合わせて街の玄関として装いを一新したのである。このロータリーからは調布駅方面などへの小田急バスが発着している。ロータリーを出て右に行き、狛江市役所前交叉点を左折すると、右側に立派な建物が見える。狛江市役所だ。街の規模に比して大規模な庁舎で、中央図書館と公民館を併設している。小綺麗な3つの建物が『コ』の字形に広場に面しており、広場の真ん中には立派な木が植わっている。ここのベンチで休むのも一興かもしれない。
f:id:TownwalkDuck:20190608132754j:plain
狛江市役所(正面)と市立中央図書館(左側)、中央公民館(右側)。
 さて、北口に戻ってきたので、今度は先程とは反対側の左へ行く道を進んでみよう。こちらの道は『弁天池通り』と名付けられている。進むと直ぐに左側に鬱蒼とした林が現れる。これは…見るからに屋敷林ではなく歴とした自然林だ。(ここ、駅前だよね!?)と思って後ろを振り返ると、確かに駅ロータリーが見えている。そう、この林こそが『狛江弁財天池緑地』である。このエリアも元々、上述の再開発予定地だったのだが、保存運動もあって残される事になったのだ。緑地の東側半分ほどは原則立入禁止の保護地区になっている(定期的に開放はしているようで、開放日が掲示されていた)。道を進むと、緑地の入口があったので入ってみる。奥には澄んだ水を湛える池があり、マガモが3羽寛いでいる。鳥の同志だ(違) 少し歴史を辿ってみよう。この弁天池は昔からどんな日照りの時でも水が枯れることはなく、池から流れ出る清水川は地域の生活用水として使われていた。実は、多摩川の旧河道がこの付近を通っていたため、透水層と不透水層の境目がここにあったのである。戦前には荒木貞夫(陸軍大将、文部大臣を勤めた皇道派の主要人物。軍人としては否定的評価が多いが、部下からは慕われた。)の実家があったが、戦後しばらくは地域のプールとして利用されたり、釣りを楽しむ人の姿も見られるなど、昔と変わらず親しまれていた。ところが1972年、『枯れたことの無い池』は湧水が途絶え、干上がってしまった。狛江市の宅地化が進み、地下水を汲み上げすぎてしまったためと言われている。このころ弁天池緑地の保護運動が起こり、翌年狛江市の史跡第1号に指定された。この保護運動は継続され、90年代の駅北口再開発に際してもこのエリアは変わらず保全されて現在に至っている。2006年には深井戸が掘削され、往年の湧水が形を変えて復活した。ちなみに、この池が『和泉』という地名の由来でもあり、和泉多摩川駅の駅名にも入っている。
f:id:TownwalkDuck:20190608132515j:plain
狛江弁財天池緑地。住宅街の中とは思えぬほど静かだ。
 さて、この弁天池を管理しているのは先程来た道を挟んで向かい側の泉龍寺というお寺である。泉龍寺にも行ってみよう。住宅地の中にある立派なお寺であり、雰囲気は調布市の布多天神社を想起させる。どちらも地域の郷社として信仰を集めている点でも似ている。
f:id:TownwalkDuck:20190608133014j:plain
泉龍寺参道にある鐘楼。大変立派で、しばし見入ってしまった。
 泉龍寺を出て東に進むと、右手に昔ながらの農地も見られるエリア(武蔵野市北部や調布市にも似た風情だ)を抜けて、田中橋交叉点に出る。そのまま道なりに『六郷さくら通り』を進むと、左側に狛江市立古民家園がある。毎年4月にはこの六郷さくら通りで桜祭りが開かれるらしいが、訪問時には既に終わっていた。少し遅かったが、まだ満開の桜の木もあり何だかちょっと得したような気分だ(混んでいると疲れますからね)。
f:id:TownwalkDuck:20190608133616j:plain
六郷さくら通りの桜並木。満開からは1週間ほど経っていたが、それでも美しかった。
 古民家園には狛江市内にあった『旧荒井家住宅』と、立派な長屋門『旧高木家長屋門』が移築・保存されている。古い家屋の縁側に座り、しばし昔の情景に思いを馳せる。防火水槽や薪も置かれており、当時の生活様式を知るには最適だ。このように狛江市の郷土資料館に当たる施設であると同時に、昔ながらの玩具が置かれており、けん玉やお手玉、輪投げなどで遊ぶことも出来る。私も遊ぼうかと思ったが、親子連れの先客がいたのでやめておくことにした。大きなお友達は怪しいからね
f:id:TownwalkDuck:20190608133454j:plain
狛江市立古民家園。
f:id:TownwalkDuck:20190608133214j:plain
古民家園の目玉・長屋門。ここまで状態が良いものを見るのは久しぶりだ。
 少し寛いだことだし、和泉多摩川駅の方へ向かおう。この付近は隣の世田谷区に似た閑静な住宅街だ。小綺麗に整備された道路は歩道もしっかりととられ、歩きやすくて快適だ。公園では少年野球チームが練習をしている。
f:id:TownwalkDuck:20190608133816j:plain
和泉多摩川駅前にて。子供の時分に世田谷区に住んでいた鴎は、何となくその頃を思い出してしまう。
 和泉多摩川駅の高架をくぐって南側に向かう。こちら側には飲み屋なども混じる小規模な商店街がある。昔ながらの街といった風情で、北側の比較的『新しい街』とのコントラストが楽しい。商店街は70mほど続くが、すぐに一軒家が並ぶ住宅街へと入る。歩を西へと進め、多摩川へと向かう。
f:id:TownwalkDuck:20190608134109j:plain
和泉多摩川』の駅名の通り、駅近くの住宅街からも多摩川の土手が顔を覗かせる。
 駅から5分も歩かぬうちに多摩川が現れる。少しばかり河川敷の方へ行ってみよう。何やらモニュメントのようなものがあるので近づいてみる。四面体に『多摩川決壊の碑』と書かれている。実はこれ、1974年に発生した多摩川水害の記憶を遺すために設置されたものなのだ。ここからは鴎の推測にすぎないが…多摩川には左岸側に沿って河岸段丘が続いており、立川市付近から『立川崖線』と『国分寺崖線』の2つの段丘面の境目が続いている。このうち、多摩川に近い方の『立川崖線』は狛江市の手前となる調布市で途切れるため、狛江市のこの付近には川沿いの比較的広い範囲に低平なエリアが広がっているのだ。水防技術が不十分だった当時、ここのエリアは治水上の『弱点』だったのではなかろうか。そのため、家屋20軒が流出するという大水害に繋がったのだと思われる。当時の映像も見たことがあるが、都市部の新興住宅街での水害はなかなかショッキングだった。ちなみに、これ以降に狛江で同様の大規模水害は起きておらず、対策が進んだことが伺える。
f:id:TownwalkDuck:20190608141917j:plain
狛江市設置の多摩川周辺案内板。多摩川は市民の憩いの場だ。
f:id:TownwalkDuck:20190608142242j:plain
小田急線が行き交う多摩川鉄橋。奥に見えるのは登戸駅
f:id:TownwalkDuck:20190608134327j:plain
多摩川水害の碑』。この場所から決壊したとされる。
 土手を引き返し、小田急線の多摩川鉄橋をくぐる。上り線と下り線の間の真下に立ち、上を眺めると行き来する電車の音が響き、何と面白いことか。ロマンスカーと急行、各停でそれぞれ異なる電車の音を楽しむのも一興だ。鉄橋を過ぎると土手が上り道になり、多摩川を渡る多摩水道橋に突き当たる。この橋はアーチ部の裾が波のような緩やかな形で取付道路へと下ろされており、なかなか美しい構造をしている。さて、橋を渡って狛江市に別れを告げよう。ここはもう川崎市多摩区だ。橋を渡って左に少し進むと、登戸駅前に出ることが出来る。
f:id:TownwalkDuck:20190608142423j:plain
多摩水道橋。並行する2つのアーチが美しい。
f:id:TownwalkDuck:20190608142809j:plain
多摩水道橋の下流側を臨む。童心に帰って、いつまでも電車を眺めていられそうだ。

≪参考≫

・狛江市ホームページ
・泉龍寺ホームページ
・狛江市立古民家園
多摩川水害の碑 案内板
・鴎の現地調査